自分の為になること 5

前回の続きです。


当人にすれば金科玉条であり永遠の真理であると思っているが、その大部分はたまたま洗脳されてしまったものです。


それゆえに後、天的に自分が自分を逆洗脳して、Bを変えることはきわめて可能です。


むつかしいこともあるが不可能ではない。


喜怒哀楽の世界感情の世界、つまりCの世界はB(ビリーフ)の結果なのです。


離婚すべきではない、離婚はよくないというBがあるから、何となく自分がなさけなくなる(C)のです。


B(ビリーフ、思考、受けとり方)がC(感情、悩み)を生んでいる。


それゆえ、Bを変えるとCが変わる。


そしてBを変えるには考えることです。

自分の為になること 4

私は現象学の哲学を賞賛しているが、しかし現象学的世界のみが窮極的存在だといい切っているわけではありません。


客観的な事実の世界と論理の世界は現象学的匿界とともに、この人生で必要不可欠な存在だと思っています。


実在するものはひとつに限るという法則はありません。


カウンセリングに折衷的立場があるように、哲学においても折衷主義があります。


それゆえに私は、三大存在(事実、論理、現象学的肚界)を認めるのです。


ところで同じ出来事に遭遇しても、Bは各人各様であり、したがってCも各入各様です。


現象学の世界(B)は人の数だけあるということになります。


そしてそれぞれのBはいずれも後天的に他から洗脳されて身についてしまったものです。


家族や学校や交友関係や、そして文化に影響されて信じ込むようになったものです。

自分の為になること 3

20代のとき、勤め先でひぼしにされたことがああった人がいました。


彼のほかにもひぽしにされた人もいるがこの人たちは「ひぼしに耐えることはできない」とか「屈辱に耐えるのは男らしくない」というビリーフのためか転職して去った。


彼は「ふだんからしたくてもできなかった学位論文を仕上げるチャンスが到来した」というビリーフをつくった。


よって、学位論文は不遇時代の産物であり記念となりました。


A(出来事、事実)そのものがC(結果、悩み)を生むのではなく、B(ビリーフ、受けとり方)が悩みの根源であるというこの理論は、この人生で窮極的に存在するのは各自の受けとり方の肚界である、との哲学に立っていることになります。


こういう哲学を現象学といいます。

自分の為になること 2

今回は、たとえ話から。


たとえば、ある学生が単位不足で卒業延期になった(出来事)。


そして落ち込んだ(結果)。


するといかにも出来事そのものが落ち込ませたように見える。


しかし本当はそうではない。


「大学は四年で卒業すべきである」とか「卒業延期の人間は人生の失敗者である」などといった考え方、あるいは受けとり方、あるいはビリーフがあるから落ち込んでいるのです。


「留年を機会に英会話をものにしたらもとではとれる」とか「留年すれば友だちも、小える」あるいは「留年したおかげで都会生活があと一年楽しめる」と考える学生は多分それほど落ち込まないはずです。


私にもそういう経験があります。

自分の為になること 1

論理療法の哲学について。


自分はどういう哲学の持ち主かを自問自答するときに役に立つハウツーが論理療法です。


これから紹介する論理療法の哲学は人によって好き嫌いがあるかもしれない。


それはそれでよい。


万人が等しく同じ哲学を持たねばならない、という哲学を私はとらない。


哲学は各自のパーソナリティに合わないことには、木に竹をついだようになります。


それゆえ自分の性格に合った哲学をつくるのが本当です。


論理療法の哲学の骨子は次のとおりです。


原理-出来事そのものよりも、受けとめ方が大切です。


人聞の悩みというのは、ある出来事そのものが原因ではなく、その出来事をどう受けとめるかが原因です。


医療のこと その8

前回の続きです。


先生は「カフェイン中毒かもしれないな」といいました。


もしそうなら、カフェインが神経系の正常なはたらきを抑制しているということも考えられる。


コーヒー好きだった患者はそのとき、思い切ってやめてみようと決心しました。


一週間もたたないうちに、先生の直観が正しかったことが判明した。


立って、歩けるようになったのです。


いま、その女性の麻痺は完全に治っている(とはいえ、コーヒーののみすぎで麻痺になるとはかぎらない。一日に20杯ものんでなんともない人もいる。反応は人によってちがい、万人に通用するルールはない)。


自分を哀れな弱者だと考えるのをやめ、着実に健康への道を歩んでいるのだと自分にいい聞かせればいいのです


欲望をコントロールしようとする意思によって傷つくことはありえない。


先生の経験では、その意思こそが、こころ強い味方になってくれるものです。

医療のこと その7

ありがたいことに、欲望は断ちさえすればいい結果をもたらしてくれるそうです。


才能のある若い画家の患者がいました。


その女性は車椅子で治療室にはいってきたそうです。


20歳代の初期に下半身の麻痺がはじまり、先生が診たときは手の動きもぎこちなくなっていました。


原因が特定できない医師には治療のほどこしようもなかった。


診察の途中で、なにげなく「コーヒーはたくさんのむのかね?」とたずねるまでは、先生にも原因は特定できませんでした。


患者は1日に「4杯」と答えて、なぜそんなことを聞くのかと不審げな表情を浮かべた。


そんな質問はだれにもされたことがなかったからです。

医療のこと その6

1年に2回、はるばるオクラホマからやってくる婦人の患者がいるそうです。


初診は10年前で、骨盤部の右側のこりと痛みを訴えていた。


8歳のときに落馬し、その数年後にもスケートでけがをしていることがわかった。


長い問診で先生が探りださなければ、二度にわたる事故の経験も、婦人のほうから口にすることはなかったでしょう。


毎回、これでだいじょうぶだというところまでていねいに治療をほどこす。


婦人も帰るときはいつも、「こんなに気持ちのいいことははじめて」という。


ところが、半年もたたないうちに電話があり、同じ症状を訴える。


ようするに、古い想念パターンを手放したくないのです。


というのも、健康でいようという意思よりも不満を訴えたいという欲望、自分を弱いものだと考えたいという欲望のほうが大きいからなのです。

医療のこと その5

ゲームにとりつかれたサッカー選手の患者がいたそうです。


その青年は赤ん坊のころ、左足のねじれによる痛みで先生のところにきたことがあったそうです。


一回の治療で治ってしまいました。


出産のときに無理な姿勢をとっていたことが原因だったが、医師はギプス包帯をするだけで、根本的な治療をしていなかったのです。


それから何年かたって、少年になったかれはサッカーの試合中に骨盤を傷めた。


スポーツドクターの手に負えなかったので、また先生のところにくることになりました。


そのときも手技によって骨般皿の痛みをとり除いたのだが、少年はその後もくり返し、先生のところにもどってきました。


いまもときどきくるそうです。


なぜか?性懲りもなくけがをくり返しているにもかかわらず、サッカーをやめようとはしないからです。


健康でいようという意思がサッカーをしたいという欲望に負けてしまうのです。

医療のこと その4

西洋文化の弱点は、みずからの欲望の犠牲になっている人があまりにも多すぎるところにあります。


その欲望が健康を左右する意思をさまたげているのです。


がんこな頭痛に悩まされている患者がいた。


医師に診てもらったが原因がわからず、麻薬系の鎮痛剤を大量に処方されただけだった。


痛みは鎮痛剤で緩和したが、先生のところにきたころには、そのくすりに依存するようになっていた。


先生の手技でもくすりに劣らず痛みは緩和されたのだが、患者はくすりがやめられなかったそうです。


くすりの副作用による症状がでていることに気づいていながら、服用をやめようとはしなかったそうです。


健康になろうとする意思よりも麻薬にたいする欲望のほうが強かったのです。

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