自分の為になること 3
20代のとき、勤め先でひぼしにされたことがああった人がいました。
彼のほかにもひぽしにされた人もいるがこの人たちは「ひぼしに耐えることはできない」とか「屈辱に耐えるのは男らしくない」というビリーフのためか転職して去った。
彼は「ふだんからしたくてもできなかった学位論文を仕上げるチャンスが到来した」というビリーフをつくった。
よって、学位論文は不遇時代の産物であり記念となりました。
A(出来事、事実)そのものがC(結果、悩み)を生むのではなく、B(ビリーフ、受けとり方)が悩みの根源であるというこの理論は、この人生で窮極的に存在するのは各自の受けとり方の肚界である、との哲学に立っていることになります。
こういう哲学を現象学といいます。