ダヴィッド、投獄される
1789年、フランス革命が勃発するが、このころのダヴィッドは、ジャコバン党員として政治にも関与していた。
バスティーユ牢獄襲撃事件にも加わっており、1792年には国民議会議員にもなっている。
1793年には革命家マラーの死を描いた『マラーの死』を制作している。

1794年にはロベスピエールに協力し、最高存在の祭典の演出を担当、一時期国民公会議長もつとめている。ロベスピエールの失脚に伴い、ダヴィッドの立場も危うくなり、一時投獄された。
この時、自画像と唯一の風景画を残している。
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